まいにちの楽しみ

千夜一夜のお話…毎日の発見を分かち合えたら。

タダから得られるもの つづき

タダ、無料!

エネルギーを出さず、何かしてもらえる。

魅力的?虫のよい話?

いえいえ、善意の奉仕活動を除いて、

①知らない間に同等かそれ以上の対価を取られている

②無責任

この2つが付き纏います。

まず①について。

向こうが取った対価が分からない、もしくは分かりにくくなっているので、同等かそれ以上の対価を取られてしまっていることに気がつきません。

よくあるのが懸賞やアンケートですね。

普通、見知らぬ人から突然DMを送りたいからあなたの住所と電話番号と性別を教えてください、と言われたら教えるのでしょうか?教えないですよね。

ところが、今登録すれば抽選で〇〇が当たりますよ!無料プレゼントしますよ!という形をとってあなたの情報を得るのです。無料プレゼントが500円のQUOカードだったら同等以上の重要情報を差し出してますね。

②無責任について。

タダや無料には常に無責任さがつきまといます。

支払いに対する責任がないので、たとえば無料カレーを提供!とした場合、無責任な作り手は賞味期限切れのカレールー、出所不明確な豚肉を使っていても、これどうせタダなんだから具材は何だっていいよ、食べる方からお金もらってないし。となります。

ここである事に気が付きます。

ネット上のあらゆる情報です。

タダですね。無料カレーと一緒です。

最近は文責を掲載しているケースもありますが、全くない情報もたくさんあふれています。

ネット情報を閲覧する際はそれを味わうだけの過去の経験、文章を理解する力・・・たくさんの能力が必要になり難しいのです。何が入っているか分からない無料カレーの正体を突き止めるのがとても難しいように。

質の確かな情報というのはタダではないのです。

欲しければ身銭を切るか、同等のものを相手に与えることです。もし私には与えるものがない、という人は身近な人から助け舟としてもらえた良い情報を大切にして生活に生かすのです。そしてその事によって生活が良くなったと、情報の発信者へ感謝して戻すとまた新たな情報が与えられるのです。循環の輪が生まれます。

昔からいつもツイてない、という人はこの循環の輪の中にいません。

私は困っているのだから恵まれた人から情報をもらって当然という顔をしています。実は感謝をすることも金銭に匹敵するかそれ以上に与える行為です。

人は本当に困った人に対して一度は助け舟の情報を与えてくれるものです。そのことによって助かった、と心から感謝を伝えれば、自然と輪の中に入るものなのです。

知り合いでいつもツイておらず借金ばかりの人がいます。自分がいつも一番でいたい俺が俺が、なのですね。身近な家族からたいへん良い情報がもたらされていても傲慢さらか気がつかず、親しくもない社会的地位がある人物の情報を鵜呑みにして上手くいかずお金を失っています。

それでも泣きついて愚痴をこぼす相手は家族なので、大変な迷惑ですね。そうなると家族も情報を与えなくなります。そして彼の情報も信用しませんから受け取らないのです。こうして循環の輪から弾き出されどんどん貧しくなります。

さて、あなたは今日どんな情報を

どこから、誰から、得ましたか?

対価は払いましたか?無料でしたか?

物物交換でしたか?

それが役に立った時、感謝の心を伝えて、、自ら循環の輪を作るのです。